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法的規制の経緯

1899年にハーグで開かれた万国平和会議において、最初の明文による化学兵器の国際規制が決められた。この会議では、「ハーグ陸戦条約」23条で毒物(1号)及び不必要な苦痛を与える兵器・物質(5号)の使用禁止が規定されたほか、窒息性ガス・毒ガスの使用を禁ずる「毒ガスの禁止に関する宣言[6]」も採択された。後者は、窒息性ガス及び有毒ガスの撒布を唯一の目的とした投射物の使用を禁止した内容だったが、ボンベから放出される方式の化学兵器は許されるとの解釈の余地があるなどの問題があった。第一次世界大戦では、これらの条約にも関わらず、各国による化学兵器の大量使用を防止することはできなかった。

第一次世界大戦での化学戦の悲惨な結果を踏まえ、1925年には「ジュネーヴ議定書」(「窒息性ガス、毒性ガスまたはこれらに類するガスおよび細菌学的手段の戦争における使用の禁止に関する議定書」)が締結された。この条約により戦争での化学兵器使用が禁止されることとなったが、保有や研究までは禁止されなかった。議定書は1928年に発効した。
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第二次世界大戦後の1968年に国連軍縮委員会の議題として化学兵器の禁止があがり、翌年にはウ・タント国連事務総長の提出した報告書「化学・細菌兵器とその使用の影響」が契機となり、国連総会で化学兵器・生物兵器の禁止決議が採択された。1972年に生物兵器の保有禁止を定めた「生物兵器禁止条約」にも、化学兵器の生産や貯蔵の禁止に向けた交渉努力規定が盛り込まれている(9条)。

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2009年09月03日 11:46に投稿されたエントリーのページです。

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